更新日: 2025.11.07

季節の健康コラム

血圧の急変と脱水に注意
冬の入浴時の事故

医学博士 植地 貴弘さん

高齢者に多い入浴時の事故と主な原因

日本では、浴槽での溺死事故が年間およそ5,000人に上り、その約9割が65歳以上の高齢者です。浴槽内で発生する溺死の割合は、欧米諸国と比べても非常に高く、日本特有の傾向といえます。この背景には、日本の「全身浴」という入浴習慣と、熱い湯温、浴室と脱衣所の大きな温度差などの入浴環境が関係していると考えられています。

溺死を含む入浴中の事故死は、特定の季節や時間帯に集中する傾向があり、特に冬季(12月~2月)には、年間発生件数の約半数が集中します。これは、暖かい部屋から寒い脱衣所への移動によって血圧が急変する、いわゆる「ヒートショック」が主な引き金となっていることを示しています。

入浴前の水分補給で脱水状態を防ぐ

もう一つの重要な要因として、水圧と脱水による失神・溺死のリスクが挙げられます。溺死の多くは、意識を失って浴槽内に沈むことで発生しますが、この意識消失は、水圧と脱水が複合的に作用した結果と考えられています。

浴槽に全身を浸すと、体全体に水圧がかかり、血液が心臓へと強制的に戻されます。心臓はこれを「体液が過剰になった」と判断して、尿の排泄を促す「浸漬利尿」という生理現象を引き起こします。プールに入るとトイレが近くなるのもこの作用によるものです。さらに、熱い湯で発汗すると体は急速に体液を失っていきます。長時間の入浴によって脱水が進むと、血管の拡張も重なり、浴槽から急に立ち上がった際に血液が一気に下肢に流れ落ち、脳への血流が一時的に途絶えます。その結果、気を失い、浴槽内に溺れてしまうのです。

こうした危険な脱水状態を防ぐためには、入浴前の水分補給が何よりも重要です。入浴前には必ず十分な水分を飲みましょう。また、浴槽から出る際は手すりを使うなどして、「ゆっくりと」動作することを心がけてください。